運営団体

【開催報告】Tactics特別セミナー第4回

ー 2025.04.21 ー

4月18日(金) Tactics特別セミナー第4回を開催しました。
今回は、講師に株式会社コンフィ 代表取締役 伊藤 実枝子 氏(北海道フロンティアカレッジ8期生)をお招きし、「コンフィに励まされて」と題し、ご講演いただきました。
「ゆりかごから墓場まで」人生の節目節目において快適に過ごせる空間の設計デザイン等を手掛ける建築士として、また女性活躍の魁として道を切り開いてきた伊藤様のご講演は、若い経営者である塾生にとって大変勇気をいただく内容でした。
講師の伊藤様、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

【講演要旨】
松下電工の一般事務職として入社し、その後ショールームに異動。広報の仕事やラジオ番組企画も担当し、ショールームの業務は有意義でドキドキワクワクの連続だった。その業務で、札幌で活躍する建築家に出会う機会があった。
一人の建築家と出会い、親しくさせていただく中で、「なぜ建築家になったのか」という問いに対し、「自分の生きた証として良い建築を建てると、子ども・孫・ひ孫の代まで残せるでしょう」という言葉を聞き、建築に魅了されていくきっかけとなった。その建築家は、本セミナー会場にもお越しいただいた「アーブ建築研究所」圓山彬雄氏(北海道フロンティアカレッジ1期生)であり、圓山先生が私の人生を変えた。
退職後は専門学校に通い、在学中サンフランシスコに短期留学し海外の建築に触れることもできた。
二級建築士の資格を持ち、1989年に生活工房をスタートさせた。 当時は、結婚を機に会社を辞めて家庭に入る女性が多かったため、女性が25歳を過ぎたら就職する場所が無く、独立する道しかなかった。
生活工房という、インテリアコーディネート等の業務から始めたが、手掛ける事業の幅が広がり、一般住宅のみならず店舗や事務所等、企業の建築デザイン設計を手掛けることも増えたため、現在の「株式会社コンフィ」に変更し事業展開を図った。
活躍している女性や女性建築士が少ない時代だったので、たまたま時代が良かったということもあるが、マスコミ等にも複数取り上げられた。
女性ならではの視点や気配り、「自分の親、きょうだい、身内がもし使うとしたら」という心がけを常に大切にしてきた。 例えば、産婦人科に訪れる患者には出産を待ち望む方と、不妊治療のために通院している方がいるため、入り口を分けることを提案したり、立会い出産や付き添う家族に対しても居心地の良い空間デザインを手がけた。その他、札幌法務局ブランチオフィス、道内宿泊体験施設、ホームセンター、飲食店、ビジネスセンターやショールーム、銀座の会員制クラブ、樹木葬・合祀納骨堂等の企画・設計・デザインをこれまで手掛けた。
様々なご縁で、ベトナムでの仕事や、カタールまでも行くことができた。 学ぶことはいくつになってもできるし、仲間をつくることが大切だと思っている。

【質疑応答】
Q.経営者として大変なことの乗り越え方
A.女性は現場になんか来てはいけないと言われる時代だったため、職人さんたちに一人の人間として認めてもらえるよう、極力現場に行って、職人さんたちの休憩時間に積極的にコミュニケーションを取るようにした。

Q.若い人の育成について
A.当時は「24時間働けますかという時代」だった。残業は当たり前、昼間は現場に行ったり日々の業務をこなし、夜は図面描きの練習等、自ら進んで研鑽を積むことで、自分を成長させていくことが出来たと感じている。今は働かせられない時代なので、全経営者が同じ悩みを持っているのではないか。

Q.女性の視点での設計デザインについてのきっかけは?
A.元々、父の趣味が自宅の改修だったため物心ついた時から2~3年周期で家が変わっていた。子どもの頃からあえて勉強したというわけではなく、当たり前のように住む人の手によって改修されるという体験があった。
たまたま松下電工に入社し照明や建材に携わり、その仕事の中でたまたま一人の師に出会い、ワクワクや楽しいと思える方向に進んで行ったらベトナム・カタールまで行けたというのは、ご縁で繋がった人生だと思っている。

Q.これからやりたいことは?
A.農業をやりたい。本当に体に良い食品というものに現代はなかなか辿り着けないので、仲間と共に作りたい。
また、老後の住まい、終の棲家についての提案をこれからやっていきたい。年齢を重ね、体の機能の衰え等にも対応したデザインの提案が出来ればと考えている。

Related Posts

ー関連記事ー